カテゴリ: cancer

2014年06月25日 23:17

本日、退院してきました。

一時外泊でなんとかなりそうって自信が持てたのと、
いつでも入院させてあげるから、と主治医の先生が言ってくれたので。
困った時の診療拒否ほど辛いものはないですよね。

帰ってきてから、小さい子がいたりするので
いい刺激になっているようです。
病院にいるときはボーっとしている時間が多く
ぼけちゃうかなぁと思いましたが
頭もはっきりしてきたようです。
こどもたちにも父のことを覚えていてほしいので
一日も長くこの日々が続きますように。

気になる症状☆
胃の痛み。麻薬増量のせいかもしれません。
血が止まりにくくなっています。
内出血などがひどくなっています。
インシュリンのあとが大変なことに。

自宅でラシックス注射になったのですが、血管がでにくく、針を刺しっぱなしにしています。

今日は「がんの花道」という本を買いました。
ベストセラーになったがんになったら医者にかかるな的な無責任な本は嫌いだったのですが
この本を書いた先生はそのあたりもきっちり批判していたので。
これから読もうと思いますが
最期を迎える家族のありかたが書かれているようです。



2014年07月02日 18:03

昨夜から身の置き所がない感じが強まり、
とうとう余命一週間を切ったようです。

がんの花道をよんでおいて、本当に良かったです。
在宅で看取ることができそうです。

本人を苦しませるだけの栄養点滴をせずに
できるだけ苦しまずに平穏に旅立たせてあげたいので
対処療法で過ごしています。

とうとう食べると吐くようになったので
吐き気止めの坐薬を処方してもらいました。

気づくと眠りに落ちていることが多いので
傾眠状態にあるようです。

先ほど、親しい友人たちにお別れの電話をしていました。
声帯も弱ってくるので、声がかすれてかわいそうでしたが。

冷や汗が止まりません。
息苦しさも感じています。

かと思えば、最近動かなくなっていた腕が動くようになったり。

体が思い通りにいかない、どうしたらいいかわからないと悔しさを訴えています。

後、おそらく数日。
がんばります。



2014年07月04日 01:14

☆かかりつけ医の変更☆

長い間、がん専門の病院にかかっていましたが
緩和ケアしかなくなると先生はまともに診察さえしてくれないようになりました。

呼吸苦を訴えても不整脈を訴えても、末期だからそんなものでしょ、と。
入院中、回診にまわってきても、聴診器をとりだしたことさえありません。
もう退院は無理ですねと言われました。

何も治療しないなら、と自宅近くの病院へ転院しました。
そこでは呼吸苦が少しでも楽になるかも、とステロイドを処方してくれました。
気休めでしかないと書いてある書籍もありますが、
父はこれで少しまた余命が伸びた感じがしました。

在宅をきめてから、三人目の先生にかかることに。
今日初めて訪問に来てくれましたが、呼吸苦の原因を見つけてくれました。
常時4リットルの酸素をしておりますが酸素飽和度は98。
原因は頻脈でした。160もあったのです。
常にダッシュをしているような心臓では疲れてしまうので
脈を調整する薬を処方してくれました。
少しだけ改善したようです。

今日からオキシコンチンを一回50mgに変更しました。
痛みはひいてきたようですが、身の置き所のなさは変わらず。
呼吸苦が今、一番の課題です。

会話はふつうにできますが、気付くと寝ているので傾眠状態にあります。
トイレも脇を支えてですが、なんとか歩いて行けます。
このまま人間の尊厳を保ったまま、ゆっくり休めるようになるといいのですが。



2014年07月06日 00:06

恐らく後、数日の命となってきました。
麻薬のせいか、呼吸抑制が顕著です。

オキシコンチン50ミリを1日二回に増量。
オキノームは一回10ミリに。

体温が下がってきています。36.0度くらい。
触ると冷や汗で汗ばんでいます。
傾眠状態が頻繁で、はなしていたと思うと白目を剥いていたり(・・;)
声帯も弱り、喋ると息が苦しくなるので一言くらいの発語になりました。
頭はしっかりしてるので、とてもくるしそうです。

苦しみが長くなってきたので、薬で眠らせてあげたほうがいいのか悩んでいます。
入院していたら確実に今は生きていないと思います。
これからどうするかまた悩まなくては。



2014年07月07日 00:45

本来であれば退院できない状態でしたが、
在宅看取りを前提に無理やり退院させました。
父もやはり家の方が誰かがそばにいるので嬉しいようです。
ただ、呼吸苦がここまでひどくなると
どうしてあげることもできず。

昨日も母が、父に
「パパが苦しくても私はなにもしてあげられないから
病院に入院して、薬で痛みを感じないようにしてトロトロ眠らせてもらう?」
と遠まわしに聞いていたので、
すかさず私が、
「ホントに我慢できないくらい辛くてもういやだって言うなら、安楽死という方法もある、ってことだよ?」
と父に伝えました。

父は病院よりもみんながいる家がいい、ということで
またしばらく頑張ることになりました。

家で看取る、ということはとても難しいです。
入院させてしまったら、つらい姿も見なくて済む。
そんなことも頭をよぎりますが
父と過ごすために四月からこどもを転校させてまで実家に同居したので
最期まで納得できるように見守っていたいなぁと思っています

2014年02月05日 14:50

本日CTでした。
前回のCTよりも左肺のガンが1.5倍ほどの大きさになっていました。
右肺は癒着に成功したせいか変化なし。胸水も変わらずです。

本日、先生より、この増殖の仕方を見ると肺癌ではなく
すい臓がんの転移の可能性が極めて高いと言われました。
細胞診をすれば確定しますが、届かないようなところなので
今回もできませんでした。

すい臓がんだとしても、今出来ることは何もなく緩和ケアだけだそうです。

とうとうこの段階にきたかという感じです。

時々胸に刺すような痛みを感じるようです。
平行移動は大丈夫ですが少しでも階段などがあると息が辛くなるので
在宅酸素の生活となりました。
酸素飽和度だけ見ると障害者認定されるレベルですが
父はカッコ悪いから申請しないと言っています(^^;

更に家で寝ていると痛いことばかり考えてしまうからと
酸素もしないでパチンコに行っています(^^;
相変わらずな父ですが、好きなことができる今を大事にしてほしいなぁと思っています。

数日前に片道七時間かけて伊勢参りにも行けました。
いつどうなるかはわかりませんが、与えられた時を大切に過ごしていきたいと思います。



2014年06月17日 23:00

しばらく父の元気です報告をさせていただいておりましたが
昨年、肺に転移?原発?が見つかり、
抗がん剤治療などしてきましたが、今年の二月より緩和ケアに移行しました。
緩和ケアというと聞こえはいいですが、
もう積極的な治療は何もできない状態ということです。

最近の父の姿を見て癌で死ぬ、ということがどういうことなのか
私なりにようやくわかりかけてきたところです。

辛いことではありますが、ここに記録として残していきたいと思います。

まず再発についてですが、肺だけに見られました。
5年ほど経っているため原発を疑ったのですが
おそらくすい臓がんの転移だろうということでした。
癌性胸膜炎を起こした状態で肺に水が溜まり
何度か水を抜きました。
息苦しさが出てきたので在宅酸素を開始。

最初のころは酸素をひきずりながら外出できていました。

だんだん階段の上り下りが辛くなり、その後平行移動でも辛くなり
6月の今では、ベッドからの移動も辛いので
ベッドサイドで用を足しています。

現在、入院中。。。

身体症状について:
目が見えなくなってきました。
視野が暗くなり、画像がぼやけるようです。
調べたところ、脳にむくみがでてきているせいのようです。
耳も時々聞こえにくくなります。
手が徐々に効かなくなり、特に右手が動かしにくくなっています。
スプーンを握っている握力もなくなりました。
字も書けなくなりました。

食欲がなくなりましたがかろうじて食べています。
抗うつ剤のリフレックスを飲んでいます。
この薬は食欲増進するという副作用があるので
逆に助かっています。

全身にむくみがでてきました。
利尿剤のお薬は毎日飲んでいますがそれでも
肺の水が増えたり、腹水が増えたりするので
注射に切り替えたりしています。
おなか周りがどんどん大きくなって病衣がきつく、
今では3Lのズボンをはいています。

痛みと胸がしめつけられる感じが頻回です。
オキシコンチンを一日二回。
今は20mgですがオキノームの回数が多いので増量予定です。
オキノームは2.5mgを2包ずつ。一日二時間おきくらいで飲んでいます。

寝ていても楽じゃない、起きても辛い、立つことも難しい。
厳しい状況の中にいます。

それでも父はまだ治るんじゃないかと思っているところが辛いところです・・・

家族の死というのはいつか必ず受け入れなければならないもので
親が先、というのが自然な順番で、
きっとそれだけで幸せなことなのでしょうが
やはり直面すると辛く、辛く、辛いです。
少しずつ覚悟を決めて向き合っていきたいと思います(__)



2014年06月19日 00:30

腹水が溜まりに溜まっているため、3Lのパンツやパジャマを買ったけど
それでもきつかったみたい。
明日は4Lのパンツを買いに行こう。

息苦しさが頻回になってきました。
医師の提案でステロイドの内服を朝、昼と飲んでみることに。
夜飲むと興奮して寝られなくなるから、この時間設定みたい。

オキノームはあまり飲ませたくなかったので、
できれば一包で済ませていたけど、
痛みと息苦しさが頻回になったため、
がっつり2包飲ませることに。
オキノームで息苦しさは和らいで眠りについたけど
1時間くらいで痛みで目が覚める。
なかなかペインコントロールがうまくいかない。
正気を保ったまま、痛みを抑えることができれば一番いいんだけど。

処方されているお薬☆
食後に 痛み止めとしてロキソニン、胃薬としてムコスタ
麻薬で便秘になるので便を軟らかくするマグミット、
利尿剤のラシックス



2014年06月19日 00:41

☆麻薬について☆

ガンに特化した病院に長い間通院していましたが
そこでもとにかくレスキューの麻薬を飲め飲め飲め飲めと言われ続けました。
いくら飲んでも大丈夫だから、
それより痛いほうが大変だから、
これが今のガンに対する治療方針のようです。
もう残り少ない命だから、痛みを取り除くのが最優先事項、ということです。

ですが、注意しなくてはなりません。
父は麻薬を増量したり、違う種類の麻薬に変更したりするたびに
不整脈になり、一時的にですが余計具合が悪くなりました。
このまま心臓が止まるんじゃないかというところまでいきました。
母が医療従事者ということもあり、父につきっきりで
麻薬を増量したときの様子を見、対処してきました。
結果、我が家ではできるだけ麻薬は飲ませない。
なるべく量は少なめに、を守ってきました。
そして増量するときは少しずつ増やして体に慣らしていく、と。
父にとっては辛かったかもしれませんが、
そのぶん父が父でいられる時間が長かったように感じます。

麻薬量が増えた今は、眠気が常に頭を覆い、眠る時間が増えてきて、
父は自分が自分でなくなるのが怖いと感じています。
父がもう限界だ、もうどうなってもいいからこの痛みを取り除いてくれと
願うまでは、もう少し頑張ってもらおうと思います。

麻薬量が増えるにつれ、多臓器不全という言葉を近くに感じています。
麻薬が体にいいわけがなく、いろいろな臓器に作用して
少しずつ腎機能が低下したり、腸も活動を止めてきたり、
もちろん心臓にも大きな負担をかけています。

余命を伸ばすには麻薬のコントロールが大切なのかなと感じました。

ただ生きていればいいのではなく、話して笑って意思の疎通ができる状態を
少しでも長く、と思ってしまいます。
余命宣告はあくまでも推測にしかすぎず、その人によって全然違います。
父が少しでも長く、父でいられるように、サポートしていきたいと思います。



2014年06月20日 01:02 

初めて一睡もできない夜だったようです。
がんの痛みと下剤によるおなかの痛みが交互に来て
トイレに行って戻って横になって起きてを延々繰り返していました。

朝方、オキシコンチンを30mgに増量。
1時間ほど熟睡していましたが
目が覚めると、ろれつが回らず。
けど多弁に。
猛烈な眠気があるといっていました。

その日は夜までオキノームを飲まずに済みました。

夕方こどもたちを連れて会いに行ったら、
久しぶりに笑う顔を見ました。
カメラを向けると元気な時にしていた変顔まで。
痛みを抑えることの重要さを感じました。

夜からはオキノーム2.5mgも3包に増量です。
ペインコントロールの難しさを感じます。



2014年06月21日 01:08

入院してちょうど一か月が経過したので
思い切って家に一時外泊することにしました。
我が家は玄関まで5段ほど階段があるので、
そこが登れるか心配でしたが
支えていたとはいえ、スムーズに登れました。

昨日から服用しているステロイドのせいか
足取りも前よりしっかりしています。

オキシコンチン30mgにもう体が慣れてしまったようで
すぐに痛みがくるように。
3時間ごとにオキノームを3包ずつ飲んでいます。

ベッドでの楽な体位が見つからず、
苦戦しています。
どのように体をもっていいかわからず
本当に大変そうです。

オキシコンチンの量から考えるとオキノームを一回6包まで増やせるようなので
痛みを感じたらすぐに飲ませるようにしていきたいと思います。

某SNSのすい臓がんコミュに父の闘病記録を残していました。

このまま埋もれてしまうのもいいかなぁと思ったのですが

二人に一人ががん患者という現代で

何かの参考になればと思い、こちらに残すことにします。

「がんで死ぬ」というと、あっという間に死んじゃうような感覚を抱きますが

実際に「人が死ぬ」というのはものすごいパワーが必要なことで

生まれてくるとき同様、大変な苦しみを乗り越えないと死ねないんだ、と気づきました。

苦手な方はスルーしてください。



2012年11月13日 22:51

膵臓ガンになって手術を受け、
一度は肝臓に転移したものの放射線でやっつけた父ですが…
告知から6年が経ちました(〃'▽'〃)
今では抗がん剤も飲んでいませんし、仕事復帰もしました。
インシュリン注射はしていますが元気です。
笑顔が一番の薬です(^^)
膵臓ガンでもまだまだ生きます!
頑張ります!



2013年02月15日 23:58

残念な報告です(>_<)

1月にPET検査をしたところ、両肺に転移が見つかりました。
幸いにも1センチ未満ということと、ほかに見つからないということで
現在ノバリスでやっつけています。

一時はショックでしたが、現在はかなり前向きです。
一度は体から消えた(見えなくなった)癌。
ということはまた同じように消すことができるだろうと(^^)
癌に負けないように、とにかく体温を上げて、
いつもにこにこ、ストレスを感じさせないように、
まわりのサポートも頑張ります☆

まだまだ生きてもらいます!



2013年07月23日 03:44

その後の経過です。
ノバリスで二カ所、無事にやっつけたものの
また新たに肺にガンが見つかったのと
胸水が溜まってきているのでペットをすることに。

今日、検査結果説明と同時に化学療法をスタートさせるため入院しました。
二泊三日でジェムザールとシスプラチンの投与を、隔週で行います。

が、結果を聞いたら、肺ガンの原発のような形のガンが一つあるだけとのこと。
あとは溜まっている胸水を取ってガン細胞があるかどうか検査するとのことでした。
 
父は、肺ガンが原発だったら、膵臓ガンが治った、ということで、
としたら、肺ガンなんか簡単にやっつけられる!
と周りが驚くほど楽観視(^^;)

お医者さんは、転移じゃないかなぁといっているのに聞いてないし・・・
まぁ、その楽観的な性格が功を奏しているのだろうなぁと思っています。
久しぶりにガン治療が始まりますが、無事に七年目に突入できそうです(^-^)



2013年12月14日 00:57

その後の報告です。右肺と左肺にがん細胞がありました。

ジェムザールとシスプラチンの点滴を6クールしたのですが
7クール目で血小板の低下が見られ、急遽中止。
両肺にある癌自体も大きくなっているということで
この治療方法はやめることになりました。

少し前に、右肺ががん性胸膜炎を起こし、胸水が溜まり、水を何回か抜いたのですが
すぐにまた溜まるので癒着をしてもらいました。
結果、水が溜まる勢いは衰えたものの、肺機能自体が低下してしまい
息苦しさを感じるようになりました。
部屋から部屋への移動だけでも息切れしてます。
先日から在宅酸素をするようになり、少し楽になったみたいですが。

ここまで来ると肺癌が原発ではないか、と思えてきて
呼吸器内科を受診したりしたのですが、細胞をとらないとわからないそうで
細胞をとるには場所が悪いし、ガンがまだ小さすぎるようなのです。
父は痛いのヤだし、もう少しがんが大きくなってから取るよ、って言ってます。

現状では、すい臓がんの転移という認識で
行える治療法がない状態になりました。
TS-1は本人が副作用がヤダ!と却下しました。

来週、新薬が承認されるようです。
こちらをお願いしようと思っていたらものすごいごちゃまぜの薬で
ガンに効くかもしれないけど、強すぎて何もできなくなる可能性もあると言われました。
父はまだ仕事をしているので、仕事ができなくなる状況はヤダと
結局、何も治療しない道を選びました。

母は悩んでいましたが
私はそれならそれでいいかなと思っています。
父が自分で選んだことなら、いつ亡くなるかはわかりませんが
その時に後悔しないだろうと。
本人の好きなように生きるのが一番いい、と思っています。

今日ですい臓がん発覚、初めての手術から丸六年が経過しました。
平成19年12月13日が初手術記念日です。
とうとう7年目に突入です。
これだけ生きることができていることだけでもありがたいと思って
残された日々を楽しく悔いなく過ごせたらと思っています。

↑このページのトップヘ